共生に必要な距離感

共生に必要な距離感
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どこまで行っても人間の身勝手

動物倫理や動物愛護、動物保護、あらゆるこの領域の話は実は人間の独りよがりの場合が多いのが実情だろう。愛玩動物は、寵愛をうける前提で生み出されているとしても、その存在意義についてはやはり人間が自分勝手に決めている領域が多く、また深く考えることなくそれらを当然として受け入れている我々がいる。

以前にどこかのエントリーにも書いたかもしれないが、例えば被害がでる野生動物を捕まえてすべてに去勢手術を行い子孫が残せないようにしたらどうなるだろう。きっと社会全体から批判の嵐がきて大変なことになる。それにもかかわらず、愛玩動物は、去勢手術を受けて子孫を残せないようにすることが是とされている現実がある。

全ての人があらゆる物事に対して多角的に捉えることができればきっと幸せな世の中になるはずだが、現実はほとんどの人が自分が見たいようにしか物事をみないし、自分の考え方が絶対的正義だと無意識のうちに考えている節がある。

そんなことを考えながら、このニュースをみたがこの距離感があれば共生はできるよなって思ったりもした。

撮影されたのは、北海道・羅臼町にある日本最北東端のガソリンスタンド。ガソリンスタンド 所長が落ち着いている理由は「シカは日常的に見る。そこら辺歩いている。おなじみの毎度来てくれる。常連さん。スタッフも温かく見ている」 である。

人間に危害を加えず、人間を必要以上に怖がらず、人間も動物に対して危害を加えず、必要以上に怖がらずに生活ができるお互いの距離感があれば動物との共生は可能になるのかもしれない。

逆に考えると、クマやイノシシのようにより人間に身体的な危害を加える可能性が高い動物との共生は、いかに人間側が歩み寄ったところで、そこに共生の可能性があると考えることは非常に難しいと言わざるを得ない。

共生ではなく距離をとるという選択をするのが現実的ではないだろうか。

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