ハンターになりたい!

目次

生態系の維持に寄与する

ハンターを目指している人が増えている…というニュースを見た。

タイトルを見た際、私としては「なるほど。やっぱりクマ被害がどんどん増えていく中で志をもってそのような危険な役割を担う人達が増えるのは凄いことだな。素晴らしいな」と思ったのだが、内容を聞いていくと少し様相が違った。

12月3日に札幌市中央区で行われた狩猟免許試験には男34人、女11人の計45人が受験した。

ハンターを目指す理由は3名分しか述べられなかったのでその傾向を見るのは難しそうだが以下。

  • 自分が山に入って作業をする時にハンターにお願いしてもなかなかいないので、自分で護衛できるように。
  • 父と一緒に楽しみたい。

その中でも一人、北海道に転勤してきた人は、ハンターを目指す理由に紆余曲折した感じが伝わってきた。

一番最初に「なぜハンターを目指すのか」という問いに

  • やっぱり自分でとった肉は食べてみたい

という回答をしている。他方で、そんな井戸さんがハンターを目指したのは、札幌へ来て1か月で見たニュースがきっかけとして「害獣の被害がすごい増えてるっていうのを見て、ハンターが防除隊組んでいたり、銃で追い払ったりしてるのを見たのがきっかけ」 としている。

そして最後には「結構、いい感じに行きました。自分で鳥とかはシカを取って食べたいなと思ってたんですけど、そうではなくて、共存や住み分けの部分をしっかりと気にかけて、より良いその生態系に寄与できたらないなというふうに思うようになりました」としている。

どのような流れであれ、最終的により社会貢献に近いような「生態系の維持に寄与」という場所に着地しているのは一安心であるが、個人的には「自分で捕って食べたい」という希望というのはどのような願望なのかがとても興味深いところではある。

その行為の是非について判断をいったんおいておくとして、例えばハンティングを楽しむという人がいる点は一定理解できる部分がある。もちろん間引きや害獣駆除という観点に使命感を感じる人についても理解ができる。あくまでも私自身の人生経験から理解の範疇に入らないのは、「自分で捕獲して食べてみたい」という理由だろうか。

狩猟することそのもの、あるいは肉を食べることそのものに価値を置いているというよりは、」「自分で捕獲した動物を食べる」という行為に価値を置いているように感じるので、そこにどのような意味があるのかが個人的な理解の範疇を超えてしまっているように思う。

決して否定をしたいわけではなく、「自分で捕獲し、殺し、さばき、食べる」ことによって命の大切さを…というのも不思議な話ではあるし、何とも表面的な理由のようにも聞こえるし、多少猟奇的にも感じるし、難しいなと。狩猟を楽しみながら、そこから発生する血肉をすべて無駄にせずに食し、またその食事にも感謝するという意味で捕えるべきなのかどうかは今の時点ではわからないが、どのようなきっかけであろうともきっと動物としっかりと向き合っていく気概のようなものは持っている人達なのだとも思う。

私も、いずれかのタイミングで興味が持てたら狩猟免許試験を受けてみようかな。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次